【事例解説】災害時に広がるデマ:非常時における情報操作と社会心理
はじめに
自然災害や事故などの非常事態においては、人々の間に強い不安や混乱が生じやすくなります。こうした状況下では、正確な情報へのアクセスが困難になる一方で、根拠のない情報や誤った情報、いわゆる「デマ」が急速に広まることがあります。これらのデマは、人々の適切な判断や行動を妨げ、時に社会にさらなる混乱や被害をもたらします。本稿では、過去の災害事例に見られるデマとその影響を分析し、非常時における情報操作や情報伝達のメカニズム、そして私たちがデマを見抜くために必要な視点について解説します。これは、情報過多の現代において、何が真実かを見極めるための重要な一歩となるでしょう。
災害時のデマ事例とその内容
災害時におけるデマの事例は、古今東西を問わず数多く報告されています。例えば、日本では1923年の関東大震災において、「朝鮮人が井戸に毒を投げ込んだ」「不逞の輩が暴徒と化している」といった根拠のない流言が広まり、自警団による無辜の人々への迫害という悲劇的な結果を招きました。
比較的新しい事例としては、2011年の東日本大震災発生後、特定の動物が危険な場所から逃げ出したというデマや、「〇〇は安全」「××は危険」といった放射能汚染に関する不正確な情報、あるいは物資の供給に関する混乱を煽るような情報がSNSなどを通じて拡散しました。2016年の熊本地震の際にも、「動物園からライオンが逃げ出した」といった虚偽の情報が画像と共に拡散し、一時的に大きな混乱を引き起こしています。
これらのデマには、特定の集団をスケープゴートにするもの、科学的な根拠に基づかない危険情報を喧伝するもの、あるいは不安や恐怖を煽ることで注目を集めようとするものなど、様々な種類が見られます。
情報操作の手法分析
災害時に広まるデマの中には、意図的な悪意に基づく情報操作が含まれることもあります。しかし、必ずしも全てのデマが悪意によるものとは限りません。むしろ、不確かな情報を確認せずに共有してしまう「善意の誤情報拡散」が大きな割合を占めることも多いと指摘されています。
用いられる情報操作の手法としては、以下のようなものが考えられます。
- 不安や恐怖への訴えかけ: 非常時における人々の心理的な脆弱性を突いて、「危険」「緊急」といった言葉を用いて情報の拡散を促します。感情に強く訴えかけることで、情報の真偽を冷静に判断する機会を奪います。
- 不確かな情報の断定的な伝達: 「〜らしい」「〜と言われている」といった不確かな表現を避け、「〜である」「〜は確定した」のように断定的な言葉で情報を発信することで、あたかもそれが事実であるかのように見せかけます。
- 情報源の不明瞭化: 信頼できる情報源(公的機関、大手メディアなど)を偽装したり、あるいは情報源を全く示さずに情報を流したりします。誰が、いつ、どこで発信した情報なのかが不明な場合、その信憑性は著しく低下します。
- 画像や動画の悪用: 全く関係のない時期や場所で撮影された画像や動画を、あたかも現在の災害状況であるかのように提示したり、あるいは加工したりして、情報の信憑性を偽装します。熊本地震におけるライオン脱走デマでは、ライオンの画像が添付されていましたが、これは過去に撮影されたものでした。
これらの手法は、情報を受け取る側が冷静に判断する時間的・精神的余裕がない非常時において、特に効果を発揮しやすい傾向があります。
拡散の背景と影響
災害時にデマが急速に広まる背景には、いくつかの要因が複合的に作用しています。
- 情報空白と不安心理: 災害発生直後は、公式な情報伝達経路が遮断されたり、情報の収集・整理に時間がかかったりするため、一時的な情報空白が生じます。人々はこの情報空白を埋めようと、目の前の不確かな情報に飛びつきやすくなります。また、強い不安や恐怖は、デマのような刺激的な情報を受け入れやすくし、冷静な判断力を鈍らせます。
- 信頼できる情報へのアクセスの困難: 停電や通信網の寸断などにより、テレビやインターネットといった信頼できる情報源にアクセスできなくなることがあります。その結果、口コミやSNSなど、検証が不十分な情報が主要な情報源となり得ます。
- ソーシャルメディアの特性: SNSは情報の瞬時かつ広範な拡散を可能にします。しかし、その手軽さゆえに、情報の真偽を確認する前に「役立つかもしれない」という善意や、「皆が知っているべきだ」という使命感からシェアされやすい側面があります。また、アルゴリズムによって、特定の情報が繰り返し表示されることで、あたかも多くの人が信じているかのように見えたり(バンドワゴン効果)、自分の信じたい情報だけが目につきやすくなったり(確証バイアス)することも、デマの拡散を助長する可能性があります。
- 集団心理: 非常時における集団の中では、周囲の行動や発言に影響されやすくなります(同調圧力)。デマを信じている人が多いように見えたり、デマに基づいて行動する人がいたりすると、自分もそれに従うべきではないかと考えてしまいがちです。パニック状態においては、非理性的な行動が連鎖することもあります。
これらの要因によってデマが拡散することで、以下のような深刻な影響が生じ得ます。
- 混乱と二次被害: 避難行動や救援活動の妨げとなる、不正確な情報に基づく誤った行動を誘発するなど、混乱を招き二次的な被害を生じさせます。
- 社会的分断と差別: 関東大震災の事例のように、特定の集団への差別や迫害につながることがあります。
- 信頼の低下: 根拠のない情報に振り回される経験は、メディアや公的機関に対する人々の信頼を損なう可能性があります。
見分け方と教訓
災害時におけるデマを見抜くためには、日頃から情報に接する態度を意識し、以下のような点に注意することが重要です。
- 情報源を確認する: その情報がどこから発信されたものかを確認します。公的機関(自治体、警察、消防など)や、信頼性の高い主要な報道機関から発信された情報であるかを確かめます。個人や匿名アカウントからの情報には特に注意が必要です。
- 複数の情報源と照合する: 一つの情報源だけを鵜呑みにせず、複数の異なる情報源から同じ情報が得られるかを確認します。信頼できる複数の情報源が同じ内容を伝えている場合、その情報の信憑性は高まります。
- 情報の更新日を確認する: 特に災害関連の情報は状況が刻々と変化します。古い情報が現在の状況にそぐわない場合がありますので、いつ発信された情報であるかを確認します。
- 感情的な表現に注意する: 過度に不安や恐怖を煽るような感情的な言葉遣いが多用されている情報は、冷静な判断を妨げる意図があるかもしれません。立ち止まって内容を吟味する必要があります。
- 画像や動画を検証する: 添付されている画像や動画が、いつ、どこで撮影されたものか、現在の状況と関連があるかを確認します。過去の災害映像や無関係な場所の映像が使われていないか疑う視点を持つことが大切です。
- 論理的な整合性を考える: その情報の内容が、常識やこれまでに得られた信頼できる情報と矛盾していないかを考えます。非現実的な内容や、突飛な情報には注意が必要です。
- 拡散する前に立ち止まる: 「これは役に立つ情報だ」と思っても、安易にシェアする前に、一度その情報の真偽を自分で確認しようと試みる習慣をつけることが重要です。特にSNSでは、シェア機能が情報の検証なしに拡散を助長しやすい側面があります。
これらの教訓は、災害時だけでなく、平時においても様々な情報に接する際に役立ちます。批判的思考(クリティカルシンキング)の姿勢を持ち、情報リテラシーを高めることが、情報操作やデマから自分自身を守る上で不可欠となります。
まとめ
災害時に広がるデマは、非常時における人々の脆弱な心理と、情報伝達の特性が組み合わさることで発生・拡散します。これらのデマは社会に混乱をもたらし、時には深刻な被害を引き起こします。事例分析を通じて明らかになったように、デマの背後には意図的な情報操作がある場合も、善意の誤情報拡散がある場合もありますが、その影響は無視できません。
このような状況下で個人が取るべき最も重要な行動は、情報源を複数確認し、内容を冷静に吟味する批判的な姿勢を保つことです。非常時においては、公的機関や信頼できるメディアからの情報にまず耳を傾け、不確かな情報は安易に信じたり拡散したりしないよう努める必要があります。
災害はいつ発生するかわかりません。平時から情報リテラシーを高め、情報の真偽を見抜く力を養っておくことが、いざという時に自身や周囲を守る上で非常に大切であると改めて認識すべきでしょう。非常時における情報の取り扱いは、現代社会に生きる私たちにとって避けては通れない課題の一つと言えます。